2007年03月29日

着ぐるみ

うまくいかない(fuuuuuuunの日記)

何か色々と考えたけど、
僕はこの障害に関しての知識が無いのでどうかと思って
ブックマークはしたけどコメントはしなかった。

コミュニケーションの支援(S嬢 はてな)
昨日のはてな(S嬢 はてな)
(Backlash to 1984)
で、この辺の話とか読んでまた考えたんだけど
何だかもやもやする。

障害はよくわかんないのでその辺はとりあえず意識せず書く。

* ちょうど良い具合とか加減がわからない。
* 私にとって低姿勢も横柄も、着ぐるみを着て人と接しているだけ。
* 私が一番怖いのは、着ぐるみの中が空(カラ)だと知られること
これ見て思ったのは、
これは着ぐるみの中の人が書いたんじゃないの?という事。
服は着てるかもしれないけどデカい着ぐるみは着てないのでは?と思った。
空じゃないと思うんだけど。。。

で、そもそも何で着ぐるみを着ようとするのかが僕にはわからない。

着る前提で考えればsatomiesさんやkeya1984さんの書かれてる事はわかるんだけど。

着なくていいじゃん、と。
これはもう昔から、世の中の多くの人に対して思う。

もちろん着る必要がありそうな場面も沢山あるけど。


関連
友達付き合いが疲れる?
タグ:心理 人間 考察
posted by ボボコフ at 15:18 | Comment(6) | TrackBack(0) | 考察 | このエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
えっとね、このエントリは発達障害を前提で書いています。
つまり、いわゆる「定型発達脳」をもつ人が着ぐるみを着るか否か、ということではないということが前提です、わたしは。

おおまかなとこを参照しやすいということで、Wikipediaでちょいと「軽度発達障害」や「アスペルガー」を参照していただくと、わかりやすいかもです。
Posted by S嬢 at 2007年03月29日 18:15
どうもです。

>Wikipediaでちょいと「軽度発達障害」や「アスペルガー」を参照していただくと、
一応、全く知らずに書くのもあれなのでその辺りは事前に読んでみました。

satomiesさんがそういう前提で書かれているのも読み取れました。

でも僕の中ではこの話というのはその障害の有無によって答えが変わるものでもないように感じるのでこのエントリを書いてみました。

「いや全然違うじゃないか」というツッコミが入るのであればそれはそれでありがたいかなとも思いつつ。

見当外れな事を書いてたら申し訳ないんですけど。
ホントにわからないんですよ。
着ぐるみを着る必要性が。
Posted by ボボコフ at 2007年03月29日 18:27
コミュニケーション上で。
たとえば定型発達脳をもつ人が当然わかることがわからない場合。
それでもそれをいちいち言わずに社会で生きていかなければならないわけで。
そうしたときに、いちいち、あなたの発するものではわかりません、とは言ってられないところがある。
特に、人間関係につながるのではないコミュニケーション、つまり新聞の勧誘員なんてのはそれに匹敵するというか。
とりあえずこなせるテクってのがあってもいいと思うんですよね、わたしは。
それを着ぐるみと称するのだったら、それでいいんじゃないかと。
大事な人間関係というものに、着ぐるみを着ない、ってのができればそれでいいんじゃないかな、と思うわけです。
でもって、keya1984さんが言うように、「態度は着衣」ってとこでもいいんじゃないかと。

言ってどうする、ってのは、コレかなあ、と思うかな。
http://d.hatena.ne.jp/keya1984/20070301/1172757029

ちなみにわたしは、というか。
わたしとfuuuuuuunさんの関係ってのは、わたしがfuuuuuuunさんの着ぐるみ脱がせて遊んだというか。
いや遊んだってより、アプローチだったんですよね、一種の。
計算したわけじゃないんだけどね。
ああ、たいして計算しないで出てくるってのが、定型発達脳の、しかもアプローチの成功体験をもってる人間なんだろうな…。

fuuuuuuunさんが発達障害者かどうかってことより、fuuuuuuunさんのブログを知って、中身読んで、まあつき合いたかったんだな、わたしは。
着ぐるみうんぬんじゃなくて、あの方の中身、とね。
Posted by S嬢 at 2007年03月29日 20:43
僕の考え方は特殊な部類に入るようですし(経験上)、あくまでも個人的に感じる事なんですが。

>特に、人間関係につながるのではないコミュニケーション、つまり新聞の勧誘員なんてのはそれに匹敵するというか。

これがわからないんですよ。

>とりあえずこなせるテクってのがあってもいいと思うんですよね、わたしは。

こっちはよくわかるんです。とても。
あってもいい。
でも同時に、無くてもいいじゃん、って思うんです。

新聞の勧誘員なんかと別にそれなりのコミュニケーションが取れなくたっていいじゃんとか。

凄く他人事っぽい言い方に見えるかもしれませんが、実際僕自身がそういう感じで生きてるので。

リンクしていただいた記事で言うと
>「なんだこの船は」「へんてこな船だなぁ」などなど、いろいろ言う人もいるだろうけど、どのみちその人たちは自分の航海にはご縁の無い人たちだ。

このスタンス。

>fuuuuuuunさんのブログを知って、中身読んで、まあつき合いたかったんだな、わたしは。

こういう人がいるわけじゃないですか、世の中には。
あまり軽率な事を言うのはどうかと思いますが、僕も色々読んだ印象では身近にそういう人がいたらきっと仲良くなりそうだとか感じてますし。

それでいいじゃないか、というのが僕の考え方です。

こういう良い着ぐるみがあるよ、ってのを誰かが提示できるものなら、そしてそれを着て上手くいくなら、それもいいと思うんですが、良い物が見つからずに苦悩?する必要ってあるのだろうか?とか。

もちろん本人が必要だと考えているなら必要だと思いますし、僕はそれに対して「そんな必要ない」なんて言う気は全く無いのですが。
Posted by ボボコフ at 2007年03月30日 01:37
>良い物が見つからずに苦悩?する必要ってあるのだろうか?とか。

必要、というより、失敗体験が引きずるものかな、と、思う。

で、わたしは、というところで思うことは。
チョイスできるもの、選択肢のあるやり方、そんなものがたくさんあればいいのになあ、というところかな。
そこで、選ばない選択ってのができるために、というところがアリなんじゃないか。
と、自分の思うことを振り返ってみたりしました。
Posted by S嬢 at 2007年03月30日 09:23
>失敗体験が引きずるもの
ああ、なるほど。

>チョイスできるもの、選択肢のあるやり方、そんなものがたくさんあればいいのになあ
確かにそうですよね。
それは沢山あったほうがいい。

ああ、そうか。

何かスッキリしました。
Posted by ボボコフ at 2007年03月30日 11:10
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