2006年10月19日

真実を見抜く目

言葉が場を作る(304 Not Modified)

あまりピンと来ないなぁと思いながら前半を読んだ。
そしたら後半があってビックリしたw
内容云々よりもこの文章が書けるって事がまず凄いと思う。

そして、見つけるんだ。
この情報は信頼できるという、自分なりのものさしを。
だから、常に鍛えろ。真実を見抜く目を。

真実を見抜く目を持っているかはわからないが、自分なりのものさしは持ってるつもり。
時々周りの人にもそんな事言われたりする。

ただ僕としてはそれはごく普通の事で。
それを持たずに生きるってどういうこと?って感じで、自分の中に判断基準が無いってのはとても恐ろしいと感じるんだけど。

でも実際おいおいと思う事って多々あるよなぁ。

要するに、だからなんだよ、という話(S:今日の一言)
以前ボボ日の方で、やはりこの方の書かれた記事触れさせていただいた事があるんだけど、それ以来過去ログとかその後の記事とかも色々と読ませてもらっていて。

先日書いたこの記事と同様、僕が日頃考えたりしていながら文章になかなか残せないものを、簡単に書いてしまう方、という印象で見てる。

僕は息子が食物アレルギーで今色々と食べられないという状況の中で、先々場合によっては命の危険に繋がるかもしれないとか、皆と同じものが食べられなくて可哀相とか、まあ考えるべき事は色々あって。
自分と、嫁さんと、息子本人と、それをどう捉えて乗り越えていくかとか、やっぱ四六時中考えているわけで。

その中で、こうすべきなんだろうなとか、多分こういう事なんだろうなとか、自分の中である程度見えている目線というか視点みたいなものがあるんだけど、このsatomiesさんの書かれる話はまさに「その」視点で書かれてる(と感じる)ものが多くて。

で、例によって今回の記事の内容も、全体的に「わかるなぁ」という感じ。

あのね、たかがそれ、部分だから。人物像は作ってないけど、でも流れってのは作ってるから。嘘はついてないけど、計算はしてるから。
やっぱりそこに「全体」を見てしまう人っているんだよね。
いや「全体じゃない」とも言わないけどw

これも上のまなめさんの記事の方で書いた「実際おいおいと思う事」の一つになるかな。


・・無理やりまとめようとしてるんだけど、何を書きたい記事かよくわかんなくなってきた。
いつになったら自力で文章をまとめる力がつくのだろか。

ていうか似た話が前にもあったな?
多面体の一面のみを見て、その人物に失望するのは馬鹿げている。
タグ:言葉 ブログ
posted by ボボコフ at 19:05 | Comment(2) | TrackBack(0) | 社会 | このエントリーを含むはてなブックマーク
この記事へのコメント
こんばんは〜〜。
一部を全体としてとらえる、っていうのは、とらえる人にその必要性が存在する、ってことも多いと思うんですよね。
好きなら好きなりに。
嫌いなら嫌いなりに。
それに合わせておとなしくしていた方がいい、って場合もあると思うんですよね。

ただ怖いのは、その部分の評価に対して、まともに受け過ぎることかもしれない、とも思う。
ポジティブな評価も、ネガティブな評価も。
Posted by at 2006年10月19日 22:42
どうもです。

>とらえる人にその必要性が存在する、
ああ、そうかもしれないですね。

>ただ怖いのは、その部分の評価に対して、まともに受け過ぎることかもしれない、とも思う。
一般的にこれは結構怖い事ですよね。
僕は全然気にならないですけど。
Posted by ボボコフ at 2006年10月20日 10:51
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/25763628
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。
この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。