2007年07月05日

友達について

本当の友達(suVeneのあれ)

「友達」について。

基本的に人それぞれ、感覚的なものだろうから定義は難しい。

それから友達か否か、親友か否か、というのはわかる気がするけど、
「本当の友達」というのはよくわからない。
「親友」と同義なら単に表現の違いなんだろうけど。

「友達」の枠の中に「本当の友達」と「それ以外」がいるのなら、
「それ以外」は「嘘の友達」?
「嘘の友達」と「友達以外の人」の違いは?
とか考えてしまう。

友達だと思っているのならそれは本当の友達だし、
本当の友達だと思わないのであればそれは友達じゃないのでは・・?

今思いついたけど、
友達というのは本来お互いがそう思っていて初めて成立すると思うので、
自分だけが勝手に定義しているのが友達、
相手も自分に対して同様に「友達」だと思っているのが「本当の友達」か?

とか言い出すと、相手に確認しないと友達と言えなくなるから却下。
あくまで自分の中での「友達」を考える。


自分の中ではそういう定義について本気であれこれ考えた経験はあまり無い。
友達とか親友がいなくても多分あまり寂しいと感じないし、
(実際にそうだった経験はあまり無いので微妙だけど)
人付き合いの仕方について悩んだ事も無い。
うわべの人付き合いとか基本的にしないし。

でもこの手の話は時々話題になるし、
自分にとっては誰が・・とか考える機会は時々ある。

今回は無理矢理「友達」の定義を考えてみた。

まず僕の「友達」の必須条件は、僕の知人である事。
知らない人は友達になり得ないので当然。
さらに、それなりに付き合いがある/あった事。
長い間会ってなくても友達は友達。
「それなり」とかいう表現を使う時点でまともな定義にはならないけど。

それから悪い人じゃない事。
悪い奴、嫌な奴と仲良くしたいと思わないので。
これはその人の人気とか周囲の評価とは無関係。
100%自分のものさしで。
「むかつく事ばっか言うけど悪い奴じゃない」
みたいなのは友達。
内面的な部分を見抜く目には自信がある。
思い込みだと言われれば反論はできないけど。
ちなみに、本当に「悪い奴、嫌な奴」だと思った人はそんなに多くない。

あとはもしかしたら、「まじめな話ができる人」というのも条件に入ってるかも。
いつでもふざけてる人とはあまり付き合う気にならないから。

ついでに言うと、
共感を求める場で、違った価値観の表明」に対して不快感を強く感じる人は、
多分その人自信が僕と仲良くしようとは思わないので友達になりにくいかも。
僕は違う価値観について話をするのが大好きだので。


「親友」はどうか。
自分の中では、親友も何人か(5人くらい?)いると思っている。

あえてこれも定義するならば、
上記の条件で「友達」に含まれるのは当然として、
さらに僕のものさしで「本当にいい奴」なのが「親友」。

本音は基本的に「友達」になら言えるし、
困っている時助けられた、とか、悩み事を相談、とか
そういう事をしたり、しようとしたという経験は無い。

けれど、もし僕がそれを望むならいつでもできる。
だって「それなりに付き合いがある、かつ、本当にいい奴」だから。

僕の性格上、今後も深刻な相談とかする事はないと思うけど。

僕は友達に恵まれているのかもしれない。
嫁さんはよくそう言ってる。

でも人数にすれば、普段付き合いがあるのはせいぜい5、6人程度。
普段と言っても年に2、3回飲むとかそんなもん。
親友率高し。
これを友人が読んだら
「ちょww俺もしかして親友とか思われてる?www」
とか思うかもしれんけど。

まあそんな感じです。

あ、当然嫁さんは親友の定義に当てはまるので+1人。


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タグ:友達 考察
posted by ボボコフ at 21:16 | Comment(6) | TrackBack(0) | 考察 | このエントリーを含むはてなブックマーク
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