2006年10月17日

「ブログを書く」とは、感じたことを思い出す作業。

感動した。

「ブログを書く」とは、感じたことを思い出す作業。(真性引き篭もり)

僕はもしその為の時間があるのならば、日々の全ての出来事を、その時の思いを、ブログに書き残したいと思っている。
以前友人にそう話したら、ちょっと不思議そうにされたけど。

でも実際はそのほとんどを書けていない。
毎日、(あとで書こう)と思った事の大半、というかほぼ全てを、いざ書く時になって思い出せずに苦悩している。

ブログを沢山更新したいわけじゃない。
とにかく書き残したいのだ。

今、頭にしっかりとあるものを書こうと思っても、以前書こうとして書かなかったいくつかの事のせいで書けないという事も多々ある。
その時の気分と言ったら。

そういう、僕の文章力ではとてもじゃないが表現不可能だった気分が、この記事には見事に書かれていた。

まったくもって、無念である。忍びない。僕の心は哀れである。たとえば、一日に、10も20もさくさくとブログを書き上げられるような優秀な、脳と技量を持つ人に、僕のが心が宿ったならば、感じた全ては書き出され、全てが自活し生きるのだろう。いや、書き出すことなどなくても、忘れることなく記憶され、全てが自活し生きるのだろう。

けれども、僕のこの脳と、体に宿った軟弱極まる怠慢さは、僕の心を見殺しにして、それに罪悪感すら覚えずに、のうのうと、ただのうのうと生きている。

それが無念で、心が不憫で、なんとかしてやろうと、100に1つでも構わぬから、ブログに書き出してあげられればと思うのだけれど、入力フォームに辿り着くのは、綺麗に全てを忘れた頃だ。

ホントすばらしい。

何だこの文章力は。
嬉しすぎて嫉妬もしない。

書けない事、書きたかった事を完全に表現しているものを見つけた時の感動といったら凄いねこれは。

自分で書けなくても、こうして残せるんだから。
タグ:blog
posted by ボボコフ at 18:41 | Comment(2) | TrackBack(0) | blog | このエントリーを含むはてなブックマーク

ものを大事にする心

ものを大事にする心(日々の思い)

この頃時々考えるのだが、以前、ワンガリ・マータイ女史が世界に「もったいない」という言葉を広める運動をされているというニュースを読んだが、日本には昔から、こんな素晴らしい言葉があるにも関わらず、年々私たち自身がその言葉を忘れてしまいつつあるのではないかと思うのだ。

もったいないっていい言葉だよね。

最近2歳になったばかりの息子が
「もったいない!もったいない!」と言うようになった。

うちの息子が今使える言葉の大半は僕が嫁さんが頻繁に使う言葉だ。
全然意識していなかったのだが、我が家では(と言っても僕と嫁だけだが)
「もったいない」って言葉が飛び交ってるらしい。
単に貧乏だからって話もあるがこれはいい事だと思う。

僕は元々貧乏性というか、モノを捨てられない性格だし、
嫁も良いものを長く使おうという意識が昔から強い。

その後、世の中が不況だと言われるようになり、その影響もあってか100円ショップが台頭するようになった。私もかなりお世話になっているのだが、あれもまた、ものを大事にしないことを助長しているようにも思えるのだ。
ちょっとわかる気がする。

100円ショップ自体は大好きだが、買うものは厳選する。
僕の母親が100円ショップで息子のおもちゃを沢山買いがちなのだが、僕ら夫婦は「良いものを長く」という考えなので沢山買い与えないでくれと再三言っている。
次から次へと新しい物を与えたら、物を大切にしなくなるんじゃないかと思うし。

それでも私はいささか古い人間なので、使えるものを無駄にするのは地球に対して(う〜ん、うまく言えないが、限りある資源に対してというか、貧しい国の人に対してというか、なんかよくわからないけどそういう感じ。)申し訳ない気がしてしまうのだ。
僕も以前からモノは大切にしてきたが、こういう視点はあまり無かった。
が、嫁さんがまさにこういう考え方をする人間だったので、嫁さんから僕も学んだ。

で、本題なんだけど
ものを大事にしない人が人を大事にするだろうかと。
これは「おっ?」と思った。

TOHさんも「当てはまらないこともいっぱいあるのだとは思うが」と前置きされていて、確かにそれはそうだと思うんだけど。

なんとなく、かなり当てはまりそうな気がする。
いや、かなり当てはまる。

こういう発想は無かったな。

ますます息子にはものを大事にする心を、もったいないという言葉を、ちゃんと身につけさせないといけないなぁと思った。
posted by ボボコフ at 18:22 | Comment(8) | TrackBack(1) | 考察 | このエントリーを含むはてなブックマーク

大手サイトに紹介されたサイト・ブログの次の更新時の反応パターン

大手サイトに紹介されたサイト・ブログの次の更新時の反応パターン(どらみそら。)
@アクセス増加に驚いた旨だけを記事にする
A紹介してくれたニュースサイトを紹介し返す
B紹介された記事の続編を書く
C紹介された記事と同じような記事を書く
Dなぜかサイト論・アクセスアップ論を書く
Eアフィリエイトを始める
F華麗にスルー


1度だけまなめはうすさんに取り上げてもらった事があった。

と言ってもこの記事304 Not Modifiedさんの記事に言及してトラバしたら、まなめはうすの方で軽くレスしてくれたというだけなんだけど。
それだけでも、いつも見てる所に自分のブログが載ったというのは嬉しかったし変な気分だった。

そしてその時僕はどうしたかというとFで、華麗にスルーした。

実際は華麗でも何でもなくて、「元々自分からふっかけた」わけだし「アクセス数に全然影響しなかった(汗)」ので他の行動をする必要性が無かっただけだけど。

あとボボ日の方では過去に2度程「ある日突然謎のアクセス数大幅UP」があった。
ちなみに2度ともこの記事

その時はたしか@に近い事をしたはず。
というのはアクセス数増加の原因が不明だったから。
何故か増加してるんだけど〜とか書いたら誰かが2chに貼られてたと教えてくれたけど。

って何も考えずにここまで書いたけど結局何が書きたかったんだろ?


というかこの記事はAに該当するんかな?
posted by ボボコフ at 15:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | blog | このエントリーを含むはてなブックマーク

はてブが愚衆化してるというけれど

はてな内で「はてブが愚衆化している」って話題出るようになって随分経つけど。

誰が愚衆なんて言い出したのか知らないけど、何を今更、って思う。
今のはてブを愚衆と言うなら前から愚衆だったんじゃないか。

前と言ってもホントに初期の頃から見てるわけじゃないので、そんな遠い昔との比較だったらこれは見当違いかも知れないんだけど。
僕が知ってるはてブは今も昔も同じようなもんだと思う。

僕ははてブを見るようになってから、自分が使うようになるまでにかなり時間がかかった。
あの独特の空気の中に入りづらかったし入りたくなかったし。
結局は便利そうだから使う事にしたんだけど。

外から見ていて、はてブの中は一つのコミュニティだと感じていた。

流行り廃りの速さとか。
はてな内限定の話題の量とか。

はてブ内で有名とされてる人達が何か話題にすると、はてブ内が一斉にその話題一色になるように見えた。

僕が思うに今はてブ内で起こっているのは、そういった「濃い」コミュニティの中に新参者が大挙押し寄せて好き勝手やる、もしくははてブユーザー面するのを見て古参の人達が「それは違うだろ」「あいつらわかってねえよ」みたいな世間一般でよくありがちな拒否反応、差別反応をしてるだけな気がする。

でも僕から見れば傾向の違いこそあれ、やってる事はあまり変わらない。
元々偏ってたから違う偏りが見られると違和感を覚えるのかもしれないけど。

はてなブックマーカがドンドン馬鹿になっていく(304 Not Modified)
自分で巡回してブクマ→ホットエントリ見てブクマって違いもあるんだろうしわかるけど、それだって以前から多かれ少なかれあっただろうし(というかホットエントリってもの自体結局その為の仕組みでは)、それを愚衆化と言われても僕はあまりピンとこない。

今は無断リンクの話題がえらい事になっているけど、用も無いのに「無断リンク禁止」の所によってたかってリンクをはる様子を見ていると、これこそ愚衆と呼ぶべき行為なのではって気もする。
タグ:はてな 愚衆
posted by ボボコフ at 14:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | はてな | このエントリーを含むはてなブックマーク
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