2006年10月30日

履修漏れ問題雑感

高校の履修漏れ問題が話題になっているが、この問題そのものについてはとりあえずおいといてちょっと違う話。

前々から気になっていたんだけど、今回の件でまた強く違和感を感じたので。

現状の仕組みを考えると、履修問題の当事者となった生徒達が
「この受験前の大事な時期にそんなのやってられん」
というのはまあ当たり前だと思う。

が、やっぱりそんな声が出る受験の仕組みっておかしいんじゃないかと。

「学校の勉強」と「受験の為の勉強」は別物だって話だよねこれ。

そんなの常識なんだろうけど、やっぱりこれっておかしいと思う。
これだけ履修科目がどうたらと騒ぐなら尚更だw

高校でやる事きっちりやったらそれで勝負できるような受験問題を用意すべきじゃないかなぁ。
タグ:受験 教育
posted by ボボコフ at 15:04 | Comment(0) | TrackBack(0) | 教育 | このエントリーを含むはてなブックマーク

将来の夢

またまた日々の思いさんを元ネタに。

将来の夢(日々の思い)
それを思えば、やはり夢の力は計り知れない原動力になるのではないだろうか。
子ども達が勉強をしないと嘆く前に、その子たちに将来の夢があるか、それを考えてみることも必要なのかもしれない。

そして、最近の子どもは夢がないと嘆く大人は、自分達が子どもに夢を見られなくしているのではないのかということを、もう一度真剣に見つめ直すべきなんじゃないかと思う。
ホントその通りで、夢って大切だと思う。

そして必ずしも夢でなくてもいいかもしれないんだけど、「先を見据える視点」というのもとても大切だと思っている。

勉強は、テストや受験の為にするのではなく、その先だったりもっと大きな所に繋がっていくものだというイメージを、漠然とでもいいから早い時期に持つ事。
多分それがあると勉強する事が少し楽しくなったり意欲が湧いたりするんじゃないかと思うし、進路だとかそういうものも広い視野で考えられる気がする。

その「先を見据える視点」の一番わかりやすい身につけ方が「夢」なのかなと思ったり。
タグ:教育 育児
posted by ボボコフ at 13:12 | Comment(4) | TrackBack(0) | 教育 | このエントリーを含むはてなブックマーク

小さいときには何を学ばせるか。

先週書こうと思ってたら遅くなっちゃったんだけど。

小さいときには何を学ばせるか。(りんごアンテナ日記〜塾・パズル系ニュースサイト)
小さい頃に「技術」的なことを入れても
結局は「どうしてそうするのか」の部分が
わかっていない状態で先走りすぎて、
本来体得すべきことができないまま成長
してしまう。
これは本当にありがちな話だと思う。

「賢い」ってどういうことだ?(日々の思い)
更に何度かやり取りをして、最後にはどうにかこうにかやっと答えに辿り着いてくれたのだが、少なくともこの問題を解くとき、この子の頭の中には何のイメージもなく、ただテクニックとして身につけた(もしくは身につけさせられた)方法で答えを導き出しているに過ぎないのだろう。
たまたま上の記事と同じ日に読んだんだけど、これも内容的にはほぼ同じ話(たぶん)だと思う。

勉強ってのはやっぱりただ解き方を覚えればいいってもんじゃなくて。

だからこそ、
「勉強」ってなんだろう。
でも書いたように、子供はとにかく「遊べ」と。
学校で学ぶ事、もっと言えばその後の人生で学んでいく事を、吸収する土台を作る為にも。


で、ここから先は自分の中でもよくまとまってない話なので自分メモとして書く。

学校で教わったものの中でも、「その当時は何の為にそれを学ぶのかわからなかった」ものが多々ある。
それは「あまり実感の湧かない知識」という曖昧な形で、何となく「ふ〜ん」という感じでやり過ごしたりしていて。

でもそれは後々になって、「あれはこの為だったのか」とか「あれはもっとちゃんと学んでおけばよかった」なんて思うようになったりするものも沢山含まれていて、「実感が湧かない」なりに頭の片隅に入れておけるかどうかというのは結構大切な事だと思う。

恐らく、本当に土台となる部分をちゃんと「実感を伴う知識」として身につけていないと、その先の「実感の湧かない知識」をとりあえず頭に入れておく事って難しいんじゃないかと。

で、そういう視点で見た時に、ほぼ全ての学習(学校で学ぶものも人生で学ぶものも)の土台となるはずの小学校低学年で学ぶような事を「あまり実感の湧かない知識」として身につけさせてしまうと、その先は相当苦労するだろうなぁ、、と。
雲を掴むような、本当にわけのわからない話を覚える作業が延々と続いていくわけで。

初期の学習をどこまで「実感を伴って」身につけていけるかという事と、「どれだけ遊ぶか」「どれだけ色々な経験を積んでおけるか」という事は、かなり密接に関係しているような気がする。

テクニック的なものは必要だと思った時にいくらでも身につければいいわけで、小さい子供のうちに重要なのは全ての土台となる部分の知識をしっかり確実にものにしていく事だと思う。

人生で本当に役立つのは、早く問題を解く技術じゃなくて自分で解き方を見つける(考える)力のはずだし。
タグ:育児 教育
posted by ボボコフ at 11:52 | Comment(2) | TrackBack(0) | 教育 | このエントリーを含むはてなブックマーク
2006年10月29日

ブログは難しい

自分のブログにコメントを貰えるというのは
非常にありがたいし嬉しい。

ただそれは結果であって、
普段は書きたい事を思うままに書いているだけだ。

が、稀に最初からコメントに期待して記事を書くことがある。
今までに何度かそういう記事を書いた。


ところがそういう記事に限ってコメントがほとんど来ない(涙

ボボ日で書いた、三輪車で石焼芋の謎とか
【これは】世紀の大発見!!!【スゴイ】とか。

両方1つコメントをもらえて非常にありがたかったけど
他の人はどうなんだろう??という疑問から書いた記事なので
もっと沢山の人の声が聞きたかったんだけど。。。

まあ人のブログにコメントするのって結構パワーいるし
しゃーないんだけど。

と言いつつこうしてまた取り上げると誰か書いてくれるかもとか期待してるんだけど。
タグ:ブログ
posted by ボボコフ at 22:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | blog | このエントリーを含むはてなブックマーク
2006年10月26日

アルファブロガーという言葉を多用する人達

アルファブロガーという言葉を多用する人達(まなめはうす)

ブログのアクセス数とかを基準にして、アルファブロガーとかいう言葉を多用する人達って『聖闘士星矢』を見て育った人達だと思う。

黄金聖闘士とか、白銀聖闘士とか、青銅聖闘士とか、そういう格付けの言葉に燃える人達っていうか。
少年漫画なんてあの時代以降そういう格付けのオンパレードなので別に星矢限定である必要はないけど、もしかしたらそういう傾向はあるのかも。

でも僕は星矢を見て育ったけどアルファブロガーなんて言葉はむしろ使いたくないと思ってる。
そういう分類をあまり意識しなくていいのがネットの良さだと思ってるし。

思うに、
『聖闘士星矢』を見て育った人達
の中でも、自身もそういった「格付け」の中に加わりたい(白銀や青銅であっても)人達が好んで使うんじゃないかと。

僕がはてブを始めるのを躊躇った理由もその辺にあるんだけど。

何というか、「黄金聖闘士だぜ」「白銀だぜ」「聖闘士になりたい!」みたいな意識がすごく見えるのがどうも。。。
タグ:考察 ブログ
posted by ボボコフ at 13:28 | Comment(0) | TrackBack(0) | blog | このエントリーを含むはてなブックマーク
2006年10月19日

真実を見抜く目

言葉が場を作る(304 Not Modified)

あまりピンと来ないなぁと思いながら前半を読んだ。
そしたら後半があってビックリしたw
内容云々よりもこの文章が書けるって事がまず凄いと思う。

そして、見つけるんだ。
この情報は信頼できるという、自分なりのものさしを。
だから、常に鍛えろ。真実を見抜く目を。

真実を見抜く目を持っているかはわからないが、自分なりのものさしは持ってるつもり。
時々周りの人にもそんな事言われたりする。

ただ僕としてはそれはごく普通の事で。
それを持たずに生きるってどういうこと?って感じで、自分の中に判断基準が無いってのはとても恐ろしいと感じるんだけど。

でも実際おいおいと思う事って多々あるよなぁ。

要するに、だからなんだよ、という話(S:今日の一言)
以前ボボ日の方で、やはりこの方の書かれた記事触れさせていただいた事があるんだけど、それ以来過去ログとかその後の記事とかも色々と読ませてもらっていて。

先日書いたこの記事と同様、僕が日頃考えたりしていながら文章になかなか残せないものを、簡単に書いてしまう方、という印象で見てる。

僕は息子が食物アレルギーで今色々と食べられないという状況の中で、先々場合によっては命の危険に繋がるかもしれないとか、皆と同じものが食べられなくて可哀相とか、まあ考えるべき事は色々あって。
自分と、嫁さんと、息子本人と、それをどう捉えて乗り越えていくかとか、やっぱ四六時中考えているわけで。

その中で、こうすべきなんだろうなとか、多分こういう事なんだろうなとか、自分の中である程度見えている目線というか視点みたいなものがあるんだけど、このsatomiesさんの書かれる話はまさに「その」視点で書かれてる(と感じる)ものが多くて。

で、例によって今回の記事の内容も、全体的に「わかるなぁ」という感じ。

あのね、たかがそれ、部分だから。人物像は作ってないけど、でも流れってのは作ってるから。嘘はついてないけど、計算はしてるから。
やっぱりそこに「全体」を見てしまう人っているんだよね。
いや「全体じゃない」とも言わないけどw

これも上のまなめさんの記事の方で書いた「実際おいおいと思う事」の一つになるかな。


・・無理やりまとめようとしてるんだけど、何を書きたい記事かよくわかんなくなってきた。
いつになったら自力で文章をまとめる力がつくのだろか。

ていうか似た話が前にもあったな?
多面体の一面のみを見て、その人物に失望するのは馬鹿げている。
タグ:言葉 ブログ
posted by ボボコフ at 19:05 | Comment(2) | TrackBack(0) | 社会 | このエントリーを含むはてなブックマーク
2006年10月17日

「ブログを書く」とは、感じたことを思い出す作業。

感動した。

「ブログを書く」とは、感じたことを思い出す作業。(真性引き篭もり)

僕はもしその為の時間があるのならば、日々の全ての出来事を、その時の思いを、ブログに書き残したいと思っている。
以前友人にそう話したら、ちょっと不思議そうにされたけど。

でも実際はそのほとんどを書けていない。
毎日、(あとで書こう)と思った事の大半、というかほぼ全てを、いざ書く時になって思い出せずに苦悩している。

ブログを沢山更新したいわけじゃない。
とにかく書き残したいのだ。

今、頭にしっかりとあるものを書こうと思っても、以前書こうとして書かなかったいくつかの事のせいで書けないという事も多々ある。
その時の気分と言ったら。

そういう、僕の文章力ではとてもじゃないが表現不可能だった気分が、この記事には見事に書かれていた。

まったくもって、無念である。忍びない。僕の心は哀れである。たとえば、一日に、10も20もさくさくとブログを書き上げられるような優秀な、脳と技量を持つ人に、僕のが心が宿ったならば、感じた全ては書き出され、全てが自活し生きるのだろう。いや、書き出すことなどなくても、忘れることなく記憶され、全てが自活し生きるのだろう。

けれども、僕のこの脳と、体に宿った軟弱極まる怠慢さは、僕の心を見殺しにして、それに罪悪感すら覚えずに、のうのうと、ただのうのうと生きている。

それが無念で、心が不憫で、なんとかしてやろうと、100に1つでも構わぬから、ブログに書き出してあげられればと思うのだけれど、入力フォームに辿り着くのは、綺麗に全てを忘れた頃だ。

ホントすばらしい。

何だこの文章力は。
嬉しすぎて嫉妬もしない。

書けない事、書きたかった事を完全に表現しているものを見つけた時の感動といったら凄いねこれは。

自分で書けなくても、こうして残せるんだから。
タグ:blog
posted by ボボコフ at 18:41 | Comment(2) | TrackBack(0) | blog | このエントリーを含むはてなブックマーク

ものを大事にする心

ものを大事にする心(日々の思い)

この頃時々考えるのだが、以前、ワンガリ・マータイ女史が世界に「もったいない」という言葉を広める運動をされているというニュースを読んだが、日本には昔から、こんな素晴らしい言葉があるにも関わらず、年々私たち自身がその言葉を忘れてしまいつつあるのではないかと思うのだ。

もったいないっていい言葉だよね。

最近2歳になったばかりの息子が
「もったいない!もったいない!」と言うようになった。

うちの息子が今使える言葉の大半は僕が嫁さんが頻繁に使う言葉だ。
全然意識していなかったのだが、我が家では(と言っても僕と嫁だけだが)
「もったいない」って言葉が飛び交ってるらしい。
単に貧乏だからって話もあるがこれはいい事だと思う。

僕は元々貧乏性というか、モノを捨てられない性格だし、
嫁も良いものを長く使おうという意識が昔から強い。

その後、世の中が不況だと言われるようになり、その影響もあってか100円ショップが台頭するようになった。私もかなりお世話になっているのだが、あれもまた、ものを大事にしないことを助長しているようにも思えるのだ。
ちょっとわかる気がする。

100円ショップ自体は大好きだが、買うものは厳選する。
僕の母親が100円ショップで息子のおもちゃを沢山買いがちなのだが、僕ら夫婦は「良いものを長く」という考えなので沢山買い与えないでくれと再三言っている。
次から次へと新しい物を与えたら、物を大切にしなくなるんじゃないかと思うし。

それでも私はいささか古い人間なので、使えるものを無駄にするのは地球に対して(う〜ん、うまく言えないが、限りある資源に対してというか、貧しい国の人に対してというか、なんかよくわからないけどそういう感じ。)申し訳ない気がしてしまうのだ。
僕も以前からモノは大切にしてきたが、こういう視点はあまり無かった。
が、嫁さんがまさにこういう考え方をする人間だったので、嫁さんから僕も学んだ。

で、本題なんだけど
ものを大事にしない人が人を大事にするだろうかと。
これは「おっ?」と思った。

TOHさんも「当てはまらないこともいっぱいあるのだとは思うが」と前置きされていて、確かにそれはそうだと思うんだけど。

なんとなく、かなり当てはまりそうな気がする。
いや、かなり当てはまる。

こういう発想は無かったな。

ますます息子にはものを大事にする心を、もったいないという言葉を、ちゃんと身につけさせないといけないなぁと思った。
posted by ボボコフ at 18:22 | Comment(8) | TrackBack(1) | 考察 | このエントリーを含むはてなブックマーク

大手サイトに紹介されたサイト・ブログの次の更新時の反応パターン

大手サイトに紹介されたサイト・ブログの次の更新時の反応パターン(どらみそら。)
@アクセス増加に驚いた旨だけを記事にする
A紹介してくれたニュースサイトを紹介し返す
B紹介された記事の続編を書く
C紹介された記事と同じような記事を書く
Dなぜかサイト論・アクセスアップ論を書く
Eアフィリエイトを始める
F華麗にスルー


1度だけまなめはうすさんに取り上げてもらった事があった。

と言ってもこの記事304 Not Modifiedさんの記事に言及してトラバしたら、まなめはうすの方で軽くレスしてくれたというだけなんだけど。
それだけでも、いつも見てる所に自分のブログが載ったというのは嬉しかったし変な気分だった。

そしてその時僕はどうしたかというとFで、華麗にスルーした。

実際は華麗でも何でもなくて、「元々自分からふっかけた」わけだし「アクセス数に全然影響しなかった(汗)」ので他の行動をする必要性が無かっただけだけど。

あとボボ日の方では過去に2度程「ある日突然謎のアクセス数大幅UP」があった。
ちなみに2度ともこの記事

その時はたしか@に近い事をしたはず。
というのはアクセス数増加の原因が不明だったから。
何故か増加してるんだけど〜とか書いたら誰かが2chに貼られてたと教えてくれたけど。

って何も考えずにここまで書いたけど結局何が書きたかったんだろ?


というかこの記事はAに該当するんかな?
posted by ボボコフ at 15:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | blog | このエントリーを含むはてなブックマーク

はてブが愚衆化してるというけれど

はてな内で「はてブが愚衆化している」って話題出るようになって随分経つけど。

誰が愚衆なんて言い出したのか知らないけど、何を今更、って思う。
今のはてブを愚衆と言うなら前から愚衆だったんじゃないか。

前と言ってもホントに初期の頃から見てるわけじゃないので、そんな遠い昔との比較だったらこれは見当違いかも知れないんだけど。
僕が知ってるはてブは今も昔も同じようなもんだと思う。

僕ははてブを見るようになってから、自分が使うようになるまでにかなり時間がかかった。
あの独特の空気の中に入りづらかったし入りたくなかったし。
結局は便利そうだから使う事にしたんだけど。

外から見ていて、はてブの中は一つのコミュニティだと感じていた。

流行り廃りの速さとか。
はてな内限定の話題の量とか。

はてブ内で有名とされてる人達が何か話題にすると、はてブ内が一斉にその話題一色になるように見えた。

僕が思うに今はてブ内で起こっているのは、そういった「濃い」コミュニティの中に新参者が大挙押し寄せて好き勝手やる、もしくははてブユーザー面するのを見て古参の人達が「それは違うだろ」「あいつらわかってねえよ」みたいな世間一般でよくありがちな拒否反応、差別反応をしてるだけな気がする。

でも僕から見れば傾向の違いこそあれ、やってる事はあまり変わらない。
元々偏ってたから違う偏りが見られると違和感を覚えるのかもしれないけど。

はてなブックマーカがドンドン馬鹿になっていく(304 Not Modified)
自分で巡回してブクマ→ホットエントリ見てブクマって違いもあるんだろうしわかるけど、それだって以前から多かれ少なかれあっただろうし(というかホットエントリってもの自体結局その為の仕組みでは)、それを愚衆化と言われても僕はあまりピンとこない。

今は無断リンクの話題がえらい事になっているけど、用も無いのに「無断リンク禁止」の所によってたかってリンクをはる様子を見ていると、これこそ愚衆と呼ぶべき行為なのではって気もする。
タグ:はてな 愚衆
posted by ボボコフ at 14:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | はてな | このエントリーを含むはてなブックマーク
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