2006年08月15日

大切なのは「考える力」

先日のエントリで、りんごアンテナ日記〜塾・パズル系ニュースサイトさんについて
興味深く読ませてもらっているが共感する記事は少ないと書いた。

そしたら急に共感する記事のオンパレードでビックリ。

さらにこちらにはりんごさんご自身の考えが書かれているのだが
これまた非常に共感できる。
「考える力」をつける方法があるとするならば、それは様々な考え方や知識を吸収することと、ひとりで考える時間をもつことの繰り返しだと思います。けれどその前に「これは考える価値があるものだ」と子供が信じていなければならないし、単純に「おもしろいな〜」と興味を持たなければいけないと思います。
子供達は未来に希望を持っています。「考える力」というのはその希望へ近づくためにはどうすればいいかということを考える力であって、「考える力」をつける教材だけがポンっとお皿にのって店先に並んでいるわけではないと思うのです。
僕もそう思う。

待つことの難しさ(前編)
待つことの難しさ(後編)
これも非常に共感できる話だった。

僕は極端に言えば「考える力」さえ伸ばす事ができれば、
テストの点数も成績もどうでもいいと思っている。
なので結果も求められる塾の方の話に対して共感できない事が多いのは
ある意味当然かもしれないけど。

生きてく上で大切なのは考える力。
問題を解決する方法を模索する力。

それさえあれば、どうにでもなる。
自分に必要なものがあると感じれば、それを得る方法を考えればいい。
何か知識が必要ならば人に聞くなり調べるなりすればいい。
そこでどうするかを「考える力」があれば大丈夫。
そう思っている。

で、実際学校なんかではその「考える力」を伸ばすって意識が低いと感じていて。

僕は元々考えるのが好きで、かつ人の言う事を聞かない(?)子だったので
特に小中学生の間は授業をちゃんと考えながら聞いてれば勉強も何とかなった。
ノートとったりすると話に集中できないのでほとんどとらなかった。
ノート提出とかそういう事をする先生だと
僕は当然提出しないので成績が悪かったりw
昔から成績なんてどうでもいいと思ってたから気にならなかったけど。

でもマジメな子ほど先生の言う事を聞いてまじめに勉強するわけで、
「考える力」を伸ばす機会があまり無いなんて事になりがちな気がする。

なので
「なあ、○○。三角形なんやから、何の半分が○枚なのか考えたらわかるやろ?」
なんて発言をしたり、発言はしなくてもそう考える人は結構いそうだ。
自分が経験してきた「勉強」と全然違うんだから。

単純に「なかなか答えに辿り着けない我が子」に耐えられないだけな可能性もあるけど。

「この人は待ってくれる。」
「この人は簡単にヒントはくれない。」

そんな認識を子ども達がしてくれたら、私の一番の仕事は子どもの表情を見ていることだ。どんなに時間がかかっても、子どもが何かを考えているうちはレッスン時間が終わるまででも待つ。
こういう姿勢が本当に大切だと思う。
僕も子供には極力こういう姿勢で接したい。

問題は僕の母親で、息子が試行錯誤しながらおもちゃで遊んでるのを
僕や嫁さんが微笑ましく見ていると
すぐにこれはこうするんだとか口出ししてしまう。
僕自身がこの親に育てられたのが不思議で仕方ない。

母親の教育からしないとダメだなこれは。
タグ:教育 学習
posted by ボボコフ at 19:37 | Comment(4) | TrackBack(0) | 教育 | このエントリーを含むはてなブックマーク
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